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※七座地区の紹介※ |
| 七座地区は明治22年4月に 黒沢村、前山村、今泉村、小繋村、麻生村が合併した七座村が発端になります。 当時の七座村は小繋、麻生、下田平、今泉、前山、黒沢、前山黒沢の 7集落で構成されており、今泉に役場がありました。 小学校は七座小学校(前山)、天神小学校(麻生)、黒沢小学校の3校で いずれも尋常科のみの設置でした。 昭和12年に、七座小学校校舎が今泉に新築されています。 七座とは北斗七星のことですが、 歴史的な由来は小繋にある約2000年前に建てられた七座神社で、 7世紀後半に阿倍比羅夫が舟などを奉納したと 日本書紀に語られています。 俗に『天神様』と呼ばれています。 |
| 昭和30年4月の町村合併で鷹巣町になりましたが、 同年10月に小繋、麻生、下田平が二ツ井町に編入され 前山・今泉が七座地区となっています。 (黒沢は「ふるさと会」では坊沢会です) 小繋、麻生、下田平の3集落は二ツ井町天神地区となりました。 「天神様と八郎太郎」の伝説が残る七座山と七座神社から、 神代の時代の神秘とロマンがあります。 |
| 国道7号線の綴子から坊沢を過ぎると前山・今泉となります。 北秋田市営『薬師山スキー場』が能代市(二ツ井町)との境です。 米代川対岸の坊沢地区蟹沢との交通は ワイヤ渡し舟から黒鉱パイプライン歩道橋と移り 『あきた北空港』の開港に伴い『翔鷹大橋』が架橋しました。 吊り橋風の近代的な素晴らしい眺めで鷹巣西部地区が一望できます。 |
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※東京七座会役員※ |
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| 顧 問 | 簾 内 隆 一 |
| 顧 問 | 藤 田 時 義 |
| 顧 問 | 三ツ井 義 弘 |
| 会 長 | 熊 谷 忠 憲 |
| 副会長 | 戸 嶋 幸 弘 |
| 幹事長 | 仲 村 光 則 |
| 幹 事 | 長谷部 ツルエ |
| 幹 事 | 簾 内 輝 文 |
| 幹 事 | 工 藤 まき子 |
| 幹 事 | 関 根 順 子 |
| 会 計 | 長 沢 美穂子 |
| 【薬師山】 |
| 標高187.3mです。 |
| 2006年から秋田わか杉国体(2007年)のマスコットキャラクターのスギッチの形にきれいに |
| 草刈され、スギッチの形がクリスマスツリーに似ている事から輪郭にに合わせて |
| イルミネーションで飾りクリスマスシーズン中、道行く人たちに楽しんで貰おうと企画し |
| スギッチのツリーとなっていました。 |
| 薬師山スキー場はファミリー向けの小さなスキー場なのでリフトでなくロープです。 |
| 市営のスキー場となっており北秋田市民スキー大会で使用しています。 |
| スキー場をを管理する今泉自治会(簾内順一会長)の有志が、草を刈り取って描いたスギッチが |
| 2017年11月で引退したため、新たなアートに挑戦することを考えていました。 |
| そこに出現したのがカッパでした。(2018年6月) |
| 今泉には江戸時代の初期からの胡瓜を植えてはいけないという言い伝えがあり、 |
| 今でも植えてません。河童伝説として残ってます。 |
| また、麓には赤牛を飼育していた時に勧請した「牛神社」があります。 |
| 昭和32,3年頃には約60頭いました。神社に守ってもらうベゴが・・・・です。 |
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| 【翔鷹大橋】 |
| 1998年に架橋しました。 |
| 今泉跨線橋(92.22m)今泉高架橋(244.78m)蟹沢大橋(380.075m)の3つの橋で |
| 構成されています。 |
| 大館能代空港西線がこの橋を越え国道7号線の今泉交差点で終点となります。 |
| ・米代川の由来 |
| 米のとぎ汁が川下まで流れていって真っ白になるほどだった。というのが由来です。 |
| そのとぎ汁は、だんぶり長者の家から流れ出したものでした。 |
| だんぶりとはトンボのことですが夢でトンボに教えられた不思議なお酒のお陰で長者になり、 |
| その家から川を染めるほどの米のとぎ汁が出た、という話です。 |
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| 【今泉駒踊り】 |
| 駒踊りは、戦国時代の川中島での武田信玄と上杉謙信の勇壮な合戦の様を |
| 武芸化したものとされたり、江戸時代初めに佐竹氏が水戸(現茨城県)から秋田に |
| 転封されたときに佐竹殿様の不満を慰めたとか、 |
| 藩内巡遊の旅の無聊(ぶりょう)のために時々に演じられたとか、諸伝承があって定かではない。 |
| 古くは獅子踊り(一人立ち一頭獅子)もあったといい、 |
| 近年までは駒踊りと奴踊りを伝えたが、今では駒踊りのみとなっている。 |
| 駒踊りは合戦に入る前から終わるまでの騎馬の状況をつぶさに表現したものという。 |
| 演目には、 |
| ぶっ込み・馬引き唄・場作り・五拍子・さんば・ひざ折り・おかざき・七五三の肩乗りがある。 |
| ぶっ込みでは一列になって前に進み、場つくりからひざ折りまでは双方向かい合って |
| 数回競合して拍車を掛け、最後の七五三の肩乗りでまたそれぞれ横一列となって |
| 退場していくものである。囃子は太鼓と笛で構成されている。 |
| この駒踊りは八幡岱(旧合川町)から伝承されたともいわれるものである。 |
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| 【前山郷土芸能】 |
| 前山郷土芸能は、元は前山盆踊りといったもので、獅子踊りや奴踊りなどを披露して |
| 送り盆行事としたものであった。 |
| 江戸時代中頃に米代川の大洪水によって当時の旧家が現地に移転して |
| 新たな村づくりを始めたとき、豊作と厄除け祈願のために鎮守社に奉納したのが始まりとされる。 |
| 踊りの構成は佐竹氏転封の折の行列を真似たといわれる。 |
| かつてはブッ込み、獅子踊り、奴踊り、棒使い、雑魚釣り舞があったが、 |
| 獅子踊りは盆の20日の獅子納めの儀式だけは執り行われている。 |
| 大名行列として、露払い・棒使い・長刀・鳥が行列を組み、 |
| 奴踊りには |
| ブッ込み・花奴・あや・わきふみ奴・あやの七積り・水戸奴・カジ奴・トラコバカゲなどがある。 |
| ブッ込みは笛と太鼓の囃子によって行列が続いて円陣になりその中で演じられていく。 |
| 奴踊りは円陣のなかに中奴といわれるひとが入り、 |
| 中奴の音頭で演目が告げられると、それに従って数々の手踊りが演じられていく。 |
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